金言金行集 |
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2020年12月8日 |
前世の借金 隣村(りんそん)の某(それがし)、佛檀(ぶつだ ん)を新調したりとて、宇右衛門(うゝえもん)に遇ひ し時いふやう、 「近頃 私は佛檀を求めしゆへ、 御一覧せられよ、」と宇右衛門 即(すなはち)ち 某(ぼう)を訪(と)ひ佛檀を拝み、そこそこの挨拶 して歸りしが其後(そのご)某佛檀の引出(ひき だし)に入置(いれお)きし、二十五両の金子(かね) 失へるに氣付き思ふやう、 「宇右衛門は至 (いたっ)て正直なる念佛者なれど、凡夫の悲しさ に、大金を見て、フト盗み心を生ぜし者ならん、」 と即(すなは)ち女房にかくと語りければ、女房も 夫の疑(うたがい)を尤(もっとも)として之(これ) に應(おう)ぜしかば、某(ぼう)は直ちに太田村に 至り、宇右衛門を訪れ、左(さ)も云ひにくげに、 「宇右衛門さん、實(じつ)に斯様(かよう)斯様」 と、有りし始末を物語り、 「あなたを疑ふといふ にはあらねども、間違てでも、持ち歸られてゐは せぬやと存じて、尋ぬるなり」と、いひけり。 大抵の人ならんには、かゝる疑をかけられなば 怒(いか)らんものを、宇右衛門は怒る氣色もなく 聽き終りて、答ふる様、 「そは私の盗みしなり、許して 給はれ」と、いひつゝ、二十五両の金を出して 罪を詫びけり。 其後某(ぼう)上方(かみがた)に居る息子と語 りて、佛壇の引出 にありし二十五両は、宇右衛門の盗みしにあらず して息子の持出せし事實を知り、宇右衛門に金を 返して無禮を詫(わび)しかば、宇右衛門は、 返(かえ)りて氣の毒なる おもゝちにて、 「それでは前世にて借りて居(お)りませんでし たか」 といひつゝ其(その)金を受取りしといふ。 妙好人百話より 播磨の国 太田村の妙好人宇右衛門さん |
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金言金行集 |
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2020年12月11日 |
或同行 云(いは)く、私は聴聞させて頂く時は、 さぞと領得(りょうとく)して疑(うたがい)なけれど、 あまりに悪い心中ゆゑ如何(いかが)と 案じられます。 和上曰く、 夫(それ)ぢやから御(お)阿彌陀様は、我々を 善人とは仰せられぬ、汝(そち)は悪人ぞよ其 (その)悪ひ心中が直らぬから御浄土へは参ら れぬ、参られぬからこの彌陀が助けてやるぞ、 御浄土へは己(おれ)がやつてやるぞ、其儘 (そのまま)来ひよと呼んで下さることぢや。 仍(そこ)でなー 蓮如様の仰せに 「後生は彌陀 に任せ参らせて」 とも、又「後生助け給へと彌陀 をたのめ」、「後生助け給へと憑(たの)み申せば、 この阿彌陀如來は深く喜び在(ましま)して」とも 仰せられてありますから、悪人ぢやから如來様が 助けて御呉(おく)れるのぢや。 其上には行ひせよともあらず。 又悪き心を 止(とど)めよとも仰せられず、ただ能(よ)く常に 如來の號(みな)を稱へて、大悲弘誓の恩を報ぜ よと、ただただ口に任せて南無阿彌陀佛 南無阿彌陀佛と、稱ふべきなりと仰せられてあり ますから、御報謝の御称名を心掛けなさいや。 信者めぐり 七里恒順和上 |
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